東日本大震災を被災して

2019年1月11日

2011年3月11日に発生した東日本大震災。
戦後最大の災害は、私たち日本人の防災意識をどのように変化させたのか。

平成28年、内閣府は1万人を対象に次のようなアンケートを実施しました。

日常の防災

とても悲しいことに、防災に積極的な人はたったの4割という結果がでました。

あれほどの災害が日本を襲ったのに、
32万人の死者が想定される南海トラフ地震が30年以内に70~80%の確率で発生すると予測されているに、多くの人は防災に積極的ではありません。

でもそれは知らないだけなんだと思います。
地震の怖さ、津波の怖さを。
現実だけど、どこか現実的に考えられていないんです。

だから少しでも東日本大震災のことを知ってください。
自分の命、そして大切な人の命を守るためにも。

防災知識を身につけると生存確率は10倍になります!!

【被災時と今における簡単なプロフィール】

  • 宮城県在住  →  沖縄県に移住
  • 30代男性  →  40代の中年男性
  • 築2年の持ち家(津波で全壊)  →  賃貸マンション
  • 税理士事務所勤務  →  広告代理店勤務
  • 妻、長男(被災時小学生)の3人家族

東日本大震災を被災して

地震は連続する

2011年3月9日  三陸沖で震度5の地震が1回、震度3の地震が2回発生

2011年3月10日  三陸沖で震度4の地震が1回、震度3の地震が2回発生

実は東日本大震災には前震がありました。
この地震で、警戒心を高めていたら被害は大きく違ったはずです。

「地震が来たらすぐ逃げろ!津波が来るぞ!」

たった、これだけのことを全員が徹底するだけでよかったのです。

当時30年以内に99%の確率で宮城県沖に巨大地震が来ると言われていたにも関わらず。
私たち多くの人は何もしなかったのです。

東日本大震災発生

3月11日14時、当時税理士事務所に勤務していた私は、確定申告の打ち合わせでお客さん(以下Aさん)の自宅に訪問していました。

14時46分 東日本大震災震度7の地震発生

カタカタカタカタドドドドドドドドッドッドッドッド!!

突然の地震に「あ、死んだ」と思いました。

震度7の地震では、立つことすらできません。

だからこそ事前の対策が必要なんです。

  • 家具、家電の固定
  • ガラスの飛散防止
  • 欲を言えば耐震補強工事

大怪我をすると津波から避難できないので、最低でも大きな家具の固定は行いましょう。
たった一度対策すれば、基本的にはずっと効果を発揮するのでめんどくさくてもやってください。

地震後、津波が来るまで

揺れがおさまっても、すぐには動けませんでした。
いいえ正確に言うと、何をして良いのか分からなかったのです。

数分して「巨大な津波が来るので避難してください」と町内警報があっても
「まぁここは大丈夫か」と思っている自分がいたのです。

だって、私がいた場所は海から3キロほど離れた場所だったから。

そんな私はAさんに言いました。
「念のため避難しましょうか?」

するとAさんは
「貴重品を整理してから避難するから先に避難してて」

言われたとおりに一人で高台に避難してしまった私。
Aさんが逃げ遅れたことが分かったのは、地震から1月以上経過したときでした。

その地域は全て津波にのまれ、多くの住民が犠牲になってしまいました。
Aさんも、その近くに住んでいた人たちも、みんな生き残れていたはずなのに。

そのことは今でもずっと後悔しています。
だから私は、みんなに知って欲しいのです、学んでほしいのです、防災のことを。

非常用持ち出し袋も、貴重品もいりません。
とにかく早く逃げること!
命より大切なものなんて絶対に何もありません!!

津波からの避難について

私が生き残ったのは運が良かっただけです。

適度な距離に、適度な高台があったから助かりました。
少しでも距離が長ければ車を使っていたはずです。

車を使って渋滞に巻き込まれて、身動き取れないまま、そのまま津波に飲まれてしまった人が大勢います。
避難場所に指定されている小学校に待機して、津波に飲まれた子供たちが大勢います。

だからこれだけは知ってください。

基本的に車を使わず避難
体が不自由だったり、避難場所が遠すぎる場合などは慎重に判断したうえ車を使いましょう。

常により安全な場所を目指す
避難場所が安全とは限りません。人がいるから安全とは限りません。
災害が想像を超える可能性があるので、避難後もより安全な場所を目指してください。

避難し始めるのは自分
人は、人と同じ行動を取ってしまいます。
だからこそ率先して避難してください。

家族と別々の不安

私が被災して一番怖かったのは家族の安否です。

震災当時ガラケーだった私は、メール、電話以外に連絡手段がなく、何度もメール受信を繰り返しては落ちこみました。
結局妻からメールが届いたのが19時すぎで、合流できたのは3日後になったのですが、直接会うまでは本当に苦しかったです。

今ではインターネット回線を使ったLINEなどがあるので、比較的連絡は取りやすいと思います。
でもスマホを紛失する可能性を考えて、スマホが無くても連絡がつくよう家族ルールを作っておくことをお勧めします。
(例)ツイッターで自身の安否をツイートすると決めておけば、スマホが無くても誰かに借りてツイートすることで家族関の安否を知ることができます。

被災したあとに思うこと

私は東日本大震災で色々なものを失いました。

その中には知識で救えた命もあります。

本当に苦しんだので、もう二度と同じ思いをしたくありません。
そして、多くの人にも味わってほしくありません。

だから防災を学んで欲しいのです。

自分の住んでいる地域に合った、住まいに合った、家族に合った防災を学んでください。
そして周りの人にも伝えてあげてください。

いずれ来るであろう南海トラフ地震に備えるために。

よろしくお願いします。

Posted by 安全太郎